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芸能界「独立ラッシュ」の裏側は今も昔もカネと圧力!? – 渡邉裕二

コロナ禍の中で芸能界では俳優、タレント、モデルの退所・独立が相次いでいる。

BLOGOS編集部

最近ではジャニーズ事務所との契約を途中で解消して独立した元NEWSメンバーの手越祐也(32)が大きな話題となったが、今年3月以降では、女優の米倉涼子(44)やタレントの安田美沙子(37)をはじめ、タレントの岡田結実(19)、モデルの長谷川潤(34)、さらに、ここにきてタレントの神田うの(45)、モデルのローラ(30)、タレントの川崎麻世(57)までもが、その流れに加わった。

SMAPの独立から始まったタレントの事務所離れ

BLOGOS編集部

「SMAPのメンバー独立が引き金になったとも言えます。小泉今日子(54)やのん(能年玲奈=26)、満島ひかり(34)などの独立もありますが、圧倒的に女優、モデルなど女性の独立が目立ちます。基本的に待遇面での不満が独立のキッカケになっていますが、やはり独立ムードを高めたのは、昨今の公取委効果とも言えなくもないですね」(芸能記者)

事の発端は公正取引委員会が元SMAPの稲垣吾郎(46)、草彅剛(46)、香取慎吾(43)の3人をテレビに出演させないように前事務所のジャニーズが圧力をかけた疑いがあるとして調査した結果、「その疑いをもたれるような行為がある」として、公取委がジャニーズ事務所に対して口頭で注意したことにあった。この案件では、前事務所のレプロエンタテインメントとの間で揉めていた「のんについても該当する」と言われた。

「オスカープロモーションからの退所、独立の流れが目立ちますが、その一方でデビュー以来、お世話になってきた事務所からの独立というのも目立っています。ジャニーズは別として米倉、うの、川崎、ローラなんかがそうです。うのは31年間、米倉も27年間も前事務所に在籍していた。安田なんかもそうです。気持ちの中で積もり積もった不満があったのでしょう。ギャラなどを巡っては、本人はもちろんですが、実は家族の動きも大きいようです」(前出の芸能記者)

ここ最近の退所や独立では必ずと言っていいほど「円満独立」をアピールし、極力ネガティブな情報を押さえてはいる。が、それは表向きの話。実際には「今も昔も変わらない」(事情通)

事実、安田の場合も事務所の退社ではトラブルになっており「訴訟沙汰にまで発展している。結局はカネの問題になるので歩み寄ることは難しい。特に中核的なタレントの退社や独立というのは、利害も大きく簡単にはいかないところがあるんです」(プロダクション関係者)

確かに時代の流れもあって、退社や独立も容易になった。しかし、その一方では、現実の動きとして「圧力問題」が燻(くすぶ)っているのも事実だ。

「退社とか独立を巡ってのトラブルというのは、こと芸能界においては所属プロダクションに限らず、かつては映画界などにも伝統的にあったんです。つまり、この業界では常識。ある意味では構造的問題となっています」(芸能関係者)

独立を認めなかった映画界のしきたり

共同通信社

退社・独立を巡っては語り継がれている歴史的な事件を思い出す。それは「第1回ミス日本コンテスト」で見事、グランプリを獲得した女優の山本富士子(88)である。古参の芸能関係者が語る。

「かつて映画界には専属の映画俳優が他の映画会社に出演することを禁止した〝五社協定〟というのがあったんです。山本は、その協定に反発したことから、結果的に映画界から追放されるハメになりました」

山本は「スバ抜けた美貌の持ち主」と話題となり「日本一の美女」とも言われた。

「ミス日本コンテスト」では、審査員の間でも〝注目の的〟だったそうで「満場一致で決定した」
しかも、当時「ミス日本」として公式訪米するなど戦後の混乱期に明るい話題をもたらしたとも。

当然、映画会社から引き合いになり、各社争奪戦の末に「大映」に入社し、1953年に長谷川一夫の「花の講道館」でデビューを果たした。さらに54年には「金色夜叉」(根上淳共演)、55年には「婦系図・湯島の白梅」(鶴田浩二共演)などのヒロインとして活躍するなど「看板女優として高い評価を受けた」(前出の古参芸能関係者)

その後、62年に作曲家・山本丈晴氏(2011年9月7日没)と結婚したが、デビューして10年目――63年のことだった。当時、「大映」との契約更新を控え、山本は、1年間の出演契約の条件を「大映2本、他社2本」と主張した。ところが大映は、この山本の条件を「受け入れられない」と突き返した。このため山本は「だったら契約の更新はせず、フリーに転身したい」と主張した。

この山本の主張に「冗談を言うな」と、当時、大映の永田雅一社長(1985年10月24日没)が激怒。さらに、永田社長は「フリーになるなら五社協定にかけて映画業界に関われないようにする」と言い放った。

「当時、永田社長は〝永田天皇〟と言われ映画界に大きな影響力を持っていました。ですから永田社長に逆らう映画人はなかったのです。当然、周囲からは山本に『永田社長に侘びを入れた方がいい』と助言する者もいたそうです」(映画関係者)

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